講師:荘 発盛(Fatt Seng Chong)様−尚美学園大学 総合政策学部 准教授
1.海外投資するためには相手国の何が重要と考えられるか?
実効ある海外投資を行うためには、日頃から各国の経済統計に目を配っておく必要がある。では、どのような指標を判断材料として活用するのが一番効果的であるか?
一般に、一国の経済の基礎的条件は、経済指標で表すことができる。
経済指標とは、経済成長率(GDPの伸び率)、物価上昇率、失業率、財政収支の赤字(黒字)率、経常収支の赤字・黒字額etc。中・長期的には経済指標の良否が為替レートの水準を決める。
判断材料として、
- 人口
- 購買力(1人当たり実質GDP)
- 物価上昇率
- 失業率
- 政府の政策運営能力(健全な財政運営を安定的に継続できる対応力)
の5つの指標が重要であると考えられる。
1、2は、安定的な経済成長を支えるための当該国の潜在的な成長エンジンの強さを、3、4、5は、マクロ的な経済成長性(指標)を表している。
- 【物価上昇率】"良いインフレ"は経済の潤滑剤となる。一方、デフレは経済活動を停滞させ、企業の利益を圧縮する。
- 【失業率】失業率は、購買力に直接的影響を及ぼす。
- 【政府の政策運営能力】政府の政策運営能力の良し悪しは、企業の生産活動に直結する。したがって、
- 政府債務残高水準
- 債務返済計画の健全性
- 増税
- 政府の財政破綻により企業の存続が脅かされる可能性
- ギリシャ危機のような最悪事態の予兆
- 政府の失策による社会混乱の兆候
日本を例にとると、日本の失業率は欧米と比較すると低いが、収入が下がっているため購買力が弱く、そのため物価が下落しデフレが継続し、企業は利益が上がらない。
また、政府の政策運営能力が高ければ資金が効率的に流れ企業の生産活動が活発化するが、日本では政府のバラマキ財政により1,000兆円の債務残高を抱え、国家財政の健全化のため増税せざるを得ない状況にあり、法人税(39%:アメリカと並ぶ世界最高水準)・所得税・消費税のさらなる上昇が見込まれる中、投資先としての魅力は薄い。
2.判断材料として経済統計を海外投資にどのように活用するか?
海外投資先として、【マレーシア】【台湾】【中国】を取り上げ、経済指標にもとづいて3国の投資環境を比較検証する。
判断指標としては、
- 人口
- GDP投資
- 1人当たり実質GDP
- 物価上昇率
- 為替
- 経常収支
- 政府債務残高
- 歳出・歳入
- その他、治安・文化・伝統・言語・自然環境etc
があるが、各種統計図表をもとに以下の項目について検証する。
- 【対世界貿易】
- 1950年〜2012年までの約60年間の日本の輸出・輸入の推移をみると順調に増加を続け、貿易量は1950年以降10年ごとに倍々ゲームで増えている。これはFTAの恩恵によるもので、TPPが軟着陸できればさらに貿易量は拡大することが予想される。2010年輸出額と輸入額が逆転したが、これは原油価格高騰の影響によるもの。
- 【輸出シェア】
- 2008年までの50年余日本の最大輸出相手国はアメリカであったが、2009年中国がアメリカを抜いて第1位となり、2011年の3位以下国は、韓国・台湾・香港・タイ・シンガポール・ドイツ・マレーシアと続き、アジア全体では56.0%を占め、日本の最大顧客となっている。
- 【輸入シェア】
- 国際競争激化に伴い中国の工場で製造し日本に輸入するパターンが増えたことから、日本の輸入相手国の第1位は2002年から一貫して中国である。同様に、韓国・インドネシア・マレーシア・タイといったアジアの国々が上位を占め、また近年資源・エネルギー価格高騰により中近東の国々やオーストラリアも上位につけている。
- 【貿易赤字】
- 2011年日本は31年ぶりに貿易赤字を記録し過去最大となったが、これは世界景気の停滞や円高により輸出額が減少するとともに、LNGや原油等の輸入が増加したことによるもので、貿易赤字の相手国別では中東が最大となるが、資源国を除くと中国・インドネシア・ASEAN4(タイ・インドネシア・マレーシア・フィリピン)等アジア諸国の存在感が大きい。
- 【貿易黒字】
- 日本の貿易黒字の相手国を多い順に並べると、アジア NIES・東アジア・APEC・NAFTA・米国・北米・香港・台湾・韓国・シンガポールとなり、アジアを除くと米国は全体の貿易量は減少傾向にあるものの現在も日本の貿易黒字に貢献している重要国であることがわかる。
- 【人口推移】
- 約30年間(1980年〜2012年)の日本・マレーシア・台湾・中国の人口の推移を追うと、この間日本はなべ底状態が続いているが、他の3ヶ国はいずれも順調に増加傾向にあり、マレーシアは中国よりも人口増加率が高い。
- 【実質GDPの推移・1人当たり実質GDPの推移】
- 1980年〜2012年の日本・マレーシア・台湾・中国の[実質GDPの推移]と[1人当たり実質GDP]の推移を比較すると、両者の関係が逆転することがわかる。すなわち、中国は実質GDPが2002年頃より急カーブを描いて上昇し、日本より遥かに高い成長率を示しているが、1人当たり実質GDPとなるといまだに日本に遠く及ばず国民1人1人の購買力はかなり低いことがわかる(この背景には日本のデフレの継続があり、消費者が「買えるモノ」が増えている)。台湾・マレーシアともに実質GDPの伸びは低迷しているが、台湾の1人当たり実質GDPは2010年には日本を追い抜くなど高い購買力を示し、またマレーシアも1人当たり実質GDPの伸びでは中国を凌駕するなど、2012年の実質GDPでは4ヶ国中トップに立つ中国が1人当たり実質GDPでは最下位となる。
- 【実質経済成長率の推移】
- 1980年〜2012年にかけて、アジア通貨危機やリーマンショックなど数々の経済危機がアジア諸国を襲ったが、台湾・マレーシアはきわめて短期間に経済の落ち込みから回復しており、また中国はほとんどその影響を受けていないことがわかる。その一方で、日本は立ち直りに時間が掛かり対応力の衰えを感じさせる。
- 【インフレ率の推移・消費者物価指数の推移】
- 1980年〜2012年の日本・マレーシア・台湾・中国のインフレ率の推移を追うと、日本のデフレ傾向が際立っている。インフレは経済の潤滑油であり、経済の健全な成長のためには2〜3%のインフレ率が安定的に継続することが必要である。1980年〜2012年の日本・マレーシア・台湾・中国の消費者物価指数の推移をみると、日本は1998年から漸減傾向(デフレ)にあり、一方、台湾・マレーシアは一貫して安定した上昇カーブ(特にマレーシアは綺麗な上昇カーブを示す)を、中国は急激な上昇カーブをそれぞれ描いていることがわかる。許容範囲内(一定%)の上昇カーブが安定して継続することが予想できれば企業戦略も立てやすくなり、「安定した」上昇率は投資条件の1つである。
- 【経常収支の推移・経常収支(対GDP比)の推移】
- 1980年〜2012年における日本・マレーシア・台湾・中国の[経常収支の推移][経常収支(対GDP比)の推移]を比較対照すると、[日本・中国]と[台湾・マレーシア]の立場が逆転することがわかる。[日本・中国]の経常収支の伸びは著しく、2006年には中国は日本を追い抜き急上昇していくが、一方、[台湾・マレーシア]の伸びはきわめて緩やかである。しかし、経常収支(対GDP比)では、[台湾・マレーシア]のほうが[日本・中国]より遥かに上位にあり、日本は4ヶ国中最下位となる。
- 【政府債務残高(対GDP比)の推移・歳出(対GDP比の推移・歳入(対GDP比)の推移】
- 1980年〜2012年における政府債務残高は、日本・マレーシア・台湾・中国の4ヶ国中日本がダントツのトップで、1996年前後から急カーブを描いて上昇している。一方、残り3ヶ国の上昇は比較的緩やかである。また、歳出(経費+国債の利払い&償還費)/歳入(税収+国債発行収入)について4ヶ国を比較すると、日本は稼いだ金を一番使っている伸び代の少ない国だということがわかる。一方、残り3ヶ国は政府のリーダーシップの下健全な財政運営が行われていることがわかる。
以上、[人口][購買力][物価上昇率][失業率][政府の政策運営能力]に関して経済指標ついて検証した結果、マレーシアは政治的安定を背景に経済と市場が堅実な成長を続けており、今後の成長性にも期待が持て、投資対象として有望な国の1つとして考えられる。